メニューの方向性を決めるような「大きなトレンド」は、もはや存在しない。外食シーンでそう感じている方もいるかもしれません。その一方で、ひそかに主役へと歩み出る食材があります。付け合わせではなくメインとして使われるマッシュルーム、飲み物にとどまらず料理の素材となるお茶、料理のジャンルやスタイルを越えて用いられるキャビアなど。
世界各地のミシュランガイドのインスペクターたちも、同じ変化を感じ取っています。昨年の動きをさらに発展させた変化もあれば、食材の産地や季節性、環境への影響に対する意識の高まりから生じた変化もあります。そこから見えてきたのは、ひとつの大きなトレンドではなく、多様性と個々に根差した「食の豊かさ」への問い直しでした。
食の現場で何を感じているか。驚かされた食材、再注目されているアイデア、これから形になっていきそうな方向性などについて、インスペクターたちに聞きました。彼らが今、注目している動きをご紹介します。
1. 炭火、スモーク、炎が新たなスタンダードに
ゲストが求めているのは、ひとつの料理ジャンルではなく多様性です。インスペクターは、シェフたちがシンプルに火を使い、食材の持ち味をまっすぐに引き出し、視覚的な演出をする様子を目の当たりにしています。熾火、薪、熱した石、日本の備長炭。こうした熱源を使う料理が、世界中でますます増えています。
スウェーデンでは、クニスタフォルセン(Knystaforsen)のようなレストランが、豊かな自然の中で、じっくり火を入れるスロークッキングを追求しています。ブエノスアイレスでは、数か月先まで予約が取れないアンチョイータ(Anchoíta)や、名高いパリージャ(グリル)店のドン・フリオ(Don Julio)が、直火グリルを洗練されたモダンな手法へと一変させました。
テキサスの本格ステーキハウスが、ガイドに掲載されるようになった流れとも通じるものがあります。中国では、炭火でシンプルに仕上げた魚介が、味をより明確に伝えています。発酵醤油を塗って焼いたエビ、炭火でさっと火を入れたハマグリに少量の酢を加えて味を整えた一品など、どれも火で素材の力を引き出した料理です。
2. 伝統料理の新しいかたち
美食の世界で長らく伝統を守ってきた地域でも、いま変化が加速しています。ハンガリーやポーランドを訪れると、その土地らしさを守りながら、より軽やかでクリアな味わいへと昇華させようとするシェフたちに出会います。
例えば、ヴロツワフのババ(BABA)では、家庭料理のミートローフが洗練された一品に。トリュフバターを加えたじゃがいものピュレを大きなクネル状に添え、ペッパーコーンソースとともに供されます。
また、近くのイダ・クフニア・イ・ヴィノ(IDA kuchnia i wino)では、軽くマリネしたニシンと焼いたじゃがいもに、リンゴ、シードル、バターミルクでさりげないアクセントを加えることで、ニシンとじゃがいもという定番の組み合わせをより繊細な一皿に仕上げています。
中国では「山の野生食材」への関心が高まっています。ポルチーニ、松茸、シロアリタケなどが、特に雲南、貴州、四川の影響を受けた料理シーンで存在感を増しています。現代的なアジアン・フュージョンの新しい動きも見逃せません。
これは、モダンな技法を用いながら伝統料理を再解釈し、文化のアイデンティティや物語を表現しようとする試みです。ホーチミンのシエル(CieL)、クアラルンプールのアカル(Akar)、杭州のセンス(Sense)、成都のコー(Co-)などがその例です。
3. 苦味と奥行きが、味わいの中心へ
多くの地域で、シェフたちの関心は苦味とうま味へと向かっています。うま味とは、日本料理に深く根ざした概念で、肉のようなコクを思わせる豊かで滋味深い味わいのこと。料理全体に奥行きをもたらします。チコリの仲間であるエンダイブやラディッキオが主役の食材として存在感を増す一方、発酵、熟成、海藻、凝縮によるだしが、料理に骨格を与えます。
ロンドンのプレーツ・ロンドン(Plates London)では、温かなココアスポンジに、パースニップのアイスクリームと少量の味噌を合わせたデザートが楽しめます。バンコクのバーン・テパ(Baan Tepa)では、数週間前から仕込んだ自家製の発酵素材が、コース全体を通じて使われています。
中国では、さらに別のアプローチが見られます。お茶を調理の素材として活用し、鶏肉のスモークや魚介の香りづけをすることで、重さを加えずにタンニンとアロマを引き出します。酸味も健在です。柑橘、酢、発酵由来の酸味がさまざまなかたちで登場しますが、いまや主張する存在ではなく、全体のバランスを整える役割へと変わっています。
4. 時間もまた、食材である
味にコクを加えるのではなく、時間をかけた工程によって味わいを育む手法もあります。野菜、魚、肉をマリネしたり、ゆっくりと発酵させたり、時には麹(米、大豆、大麦などと組み合わせて醤油、日本酒、味噌といった発酵食品をつくる菌)が用いられます。
ここでは、料理の奥行きは後から足すものではなく、時間とともに自然に積み重なるものとして捉えられています。ケベックでは、湖畔のカントリーレストランローベルジュ・サン・マチュー(l'Auberge Saint-Mathieu)のように、長い冬に備えて乳酸発酵で食材を保存するシェフたちがいます。
フランス大西洋岸のレルボディエールにあるラ・マリーヌ(La Marine)では、魚を専用の冷蔵室で熟成させ、日ごとにポーションを切り分けることで、味わいにより繊細なニュアンスを与えると同時に、フードロスの削減にもつなげています。また、時間は食材そのものの中にも宿っていることもあります。
コペンハーゲンの鮨あなば(Sushi Anaba)では、成長に10年以上もかかるハマグリを使います。その年月が食感と味わいの両方を決定づけます。アジアでは、同じ考え方が異なる手法で用いられています。バンコクのバーン・テパ(Baan Tepa)では、長期間にわたる自家発酵がコース全体の土台となっています。クアラルンプールのテラ・ダイニング(Terra Dining)では、発酵の考え方がデザートにまで及んでいます。エビの発酵ペーストが、甘みの中に塩気のきいたアクセントを加えます。
5. 人気のフランス料理に、あらためて光が当たる
フランス国外でも、ビストロ料理の素朴な魅力が見直されています。ブランケット(白ワインと生クリームで煮込んだ白身肉の料理)、ウフ・マヨネーズ(マヨネーズとマスタードのソースを添えたゆで卵)、イル・フロッタント(クレーム・アングレーズに浮かべたメレンゲのデザート)など、こうした定番が、本来の姿に近いかたちでメニューに戻ってきています。
ミシュラン星付きレストランのシェフたちの間では、ガストロノミックな本店とは別に、より気軽に楽しめるセカンドブランドの店を手がける動きが広がっています。一つ星のエミリー・エ・トマ - ムーラン・ド・カンブロン(Émilie & Thomas - Moulin de Cambelong)に対して、カジュアルな選択肢として位置づけられるビストロ・ル・エロン(Bistrot le Héron)がその一例です。
広く親しまれてきたシンプルなフランスの定番料理への回帰は、香港でも見られます。赤いベルベットの座席、ヴィンテージの写真、棚に並ぶ収集品。パリの老舗ビストロの空気をそのまま持ち込んだような新店が生まれています。同様の動きはクアラルンプールでも見られます。ビドゥー(Bidou)がフランスの伝統料理を現代の視点で捉え直していることは、こうしたノスタルジーの広がりを物語る、小さくも確かな例です。
6. サービスが、その店の文化を語る
サービスは今後、その店のあり方をより明確に表すようになるでしょう。杭州のラ・ヴィラ(La Villa)、マレーシア・ペナンのメモワール(Mémoire)では、ワゴンサービスが復活し、食体験をより豊かでインタラクティブなものへと変えています。フランスでも同様です。サービス・オ・ゲリドン(ワゴンで運ばれた肉や魚をゲストがテーブルで選び、その場で切り分けや仕上げを行う古典的なサービス)は、フロント・オブ・ハウスの役割を改めて際立たせるものとして見直されています。一方で、これとは対照的に、より簡潔なカウンターサービスも広がりを見せています。
コペンハーゲンやストックホルムのレストランでは、アルケミスト(Alchemist)やフランツェン(Frantzén)に見られるように、リラックスした空気の中にも、高いプロ意識がしっかりと息づいています。中国では、料理の仕上げをゲストの目の前で行うスタイルや、盛りつけに文化的な意味を込める表現が見られます。杭州のセンス(Sense)、上海のフー・ヘ・フイ(Fu He Hui)がその代表例です。
一方で、料理の見せ方をよりシンプルにする店も増えています。目新しいスタイルではないものの、カウンター席もますます広がりを見せています。コペンハーゲンの鮨あなば(Sushi Anaba)、レイキャビクのオックス(ÓX)などがその例です。キッチンのすぐそばに座ることで、料理が生まれる瞬間と、それを担うチームをより身近に感じられます。ケベックでは、カウンター席はどこにでもある存在になりました。若々しく自然体なサービスが場の空気をつくり、タトゥーやピアスをしたスタッフが自分らしく接客する姿も珍しくありません。
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7. 次の波は、どこへ向かうのか
新しい何かを学ぼうとするとき、シェフたちはどこへ向かうのでしょうか。フランスと日本という定番の行き先は今も変わらず重要ですが、次なる食の拠点として注目される場所に、変化が起きています。
タイでは、デュエット・バイ・デヴィッド・トゥタン(Duet by David Toutain)、サルトリア・バイ・パウロ・アイラウド(Sartoria by Paulo Airaudo)、ベレン・バイ・パウロ・アイラウド(Belén by Paulo Airaudo)、カンヌビ・バイ・ウンベルト・ボンバーナ(Cannubi by Umberto Bombana)、K・バイ・ヴィッキー・チェン(K by Vicky Cheng)など、新店の開業が相次いでいます。その動きからは、バンコクが持続的な取り組みを志ざすシェフたちを引き寄せていることがうかがえます。
中国でも新店の動きは続いています。シンガポールでミシュランの星を獲得後に閉店したシェフ・カンズ(Chef Kang's)が福建に新たな拠点を構えた動きに加え、投資の拡大もあり、質の高いレストランが急速に増えています。
そして日本は今なお、包丁技術から魚の扱いにいたるまで、技を磨く場として特別な存在であり続けています。そこから見えてくるのは何でしょうか。それは、正解はひとつではないということ。これからも、シェフたちはさまざまな形で私たちを驚かせることでしょう。
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Hero Image: Ⓒ Eva H. Tram/Knystaforsen