Dining Out 2 分 2026年4月22日

インスペクター訪問記:新たな一つ星「ムベ」発酵と養生の料理

泉貴友のムベが「ミシュランガイド京都・大阪2026」にて新たな一つ星に輝いた。インスペクターがムベを訪れた体験を振り返る。

ムベ」は2025年夏に開業、一年を待たずして一つ星となった。主人の泉貴友は滋賀県長浜市の出身。琵琶湖の北岸に位置し、冬は雪深い土地で育った。冬の食卓を支えるため、長浜には食品の保存を目的とした発酵文化が根付いている。幼い頃には発酵食を仕込む祖父の手伝いをしたことも。琵琶湖の鮎や鮒で仕込む祖母の熟れ鮓(なれずし)は思い出の味。日本食文化の発酵と、割烹店で磨いてきた技術を組み合わせ、独自の料理を生み出している。ミシュランのインスペクターが訪れた体験を話したい。

© 鈴木良/MUBE
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場所、屋号

京都の喧騒から離れた玄琢に店を構える。玄琢という地名は江戸時代の医師、野間玄琢が人々を治癒するため薬草園を開いたことに由来。身体に優しい料理で食べ手を癒やしたいという主人の理念とも重なる。屋号は敷地内にある郁子(むべ)の木との出会いから。常緑樹として、長寿を象徴する縁起の良い木。また、郁子の名前は滋賀にまつわる故事が起源。郷里との縁も感じた。表札の文字は主人の娘が書いた。卵型の郁子の実を思わせる、やわらかな筆致に惹かれたという。父と娘のエピソードに思わず頬が緩んだ。

© 鈴木良/MUBE
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内装、もてなし

竹垣を設えた門から石畳の階段を進む。一軒家の日本家屋は古民家を改修しており、古材を生かした空間が広がる。席に案内される途中、幾つもの瓶に目が留まった。手作りした発酵食品や調味料が並べられ、これらをどのように使うのか興味が沸く。カウンター席に着くと、正面はのどかな庭の風景。板場に立つ主人を始め、料理人達の中には海外から学びに来た人も。料理は手元を見せるよう目の前で仕上げられてゆく。主人は郷里や発酵にまつわるエピソードを交えながら、料理への想いを伝えくれた。

© 鈴木良/MUBE
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料理

掲げるのは、身体に優しい養生の料理。発酵は、酵母や麹菌の力で食材の旨みや栄養価を高めてくれる。日本料理を学んでいく中で発酵と向き合い、食べることで健康の維持と食養生に繋がることを再認識したという。味噌や漬物、魚醤や熟れ鮓を仕込むなど、すべてを一から作っている。合わせる飲物も発酵がテーマ。日本酒は人工酵母を使わない酒蔵、ワインは自然派の造り手から選ぶ。ノンアルコールペアリングにも発酵を取り入れ、ここならではの食体験を提供している。


造り

カウンター中央の板場で主人がメイチダイを引く。寝かせて旨みが増した造りに、梅酢漬けの塩麹と葉山葵のタレを合わす。梅の酸味と葉山葵の爽やかな風味が広がる。独自の食べさせ方に個性を見せる。

© the MICHELIN Guide
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椎茸

家庭料理で親しまれる椎茸の肉詰めから想を得た。大振りな椎茸の傘に叩いた鮪の赤身を詰め炭火焼きに。椎茸から出る旨味の汁が鮪と合わさることで豊かな味わいに。椎茸を発酵させたきのこ醤油で味付けし山葵で食す。食材の組み合わせに意外性があり、二つの食材を発酵の風味が繋いでいる。

© the MICHELIN Guide
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鰆 熟れ鮓

熟れ鮓は塩漬けした魚を飯と合わせ、乳酸発酵させたもの。すしの源流とされ、古くから魚を保存するための手段として受け継がれてきた。鰆は西瓜の皮の塩漬けと野菜で作った熟れ鮓の中に漬け風味を移す。鰆は炭火で焼き、野菜の熟れ鮓を合わす。熟れ鮓を魚でなく野菜で仕込むのは、本来の強い風味を抑えられるため。さらに食べやすくなるよう無花果も添えた。果物の甘みを足す一工夫が効いている。

© the MICHELIN Guide
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鮎 蕎麦

鮎タコスと説明された。トルティーヤに見立てた薄い生地は蕎麦粉で作る。鮎は三枚におろし、手製の鮎魚醤を塗りながら焼く。葉野菜と蓼の葉を混ぜた豆腐衣を間に挟む。生地を手で巻いて味わう体験。従来の日本料理にはない自由な発想で創作している。

© the MICHELIN Guide
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食事を終えて

ムベの料理には、自然の恵みへの感謝、食養生を願う気持ちがこもる。「人の喜ぶことをしなさい、人のために生きなさい」という祖母から贈られた言葉を胸に、店を訪れる人々に心を尽くす。これから敷地内に畑を耕し樹木も植えるという。手塩に育てた農作物が料理を彩る日も近いだろう。発酵は米を主食としてきたこと、高湿度の気候が生んだ日本の食文化。味噌、醤油、漬物といった発酵食が和食を支えている。発酵を題目に新しい日本料理を追うムベ。店を後にする頃には、身体の中から自然と元気が出てくるような食体験だった。

Top Image: © 鈴木良/MUBE

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