Features 6 分 2026年3月9日

厨房をつなぐ「スタッフミール」

スタッフミールとは、レストランのスタッフが営業前や営業の合間に食べる食事──いわゆる「まかない」のこと。 多くの厨房で受け継がれてきたこの習慣には、チームの文化や料理人の考え方が表れる。今回はアジアのレストランから、その食卓をのぞいてみる。

料理人たちは、自らの食事にどのような料理を作るのだろうか。ゲストへ提供する料理について語ることはあっても、スタッフのために作る料理はあまり知られていない。

しかし多くの厨房では、営業の合間にスタッフが食卓を囲む「スタッフミール(まかない)」の時間がある。ナシレマや海鮮お好み焼き、あるいは料理長の母親が作る韓国の家庭料理バンチャンが並ぶこともある。

ゲストが口にする機会はあまりないが、この一皿こそがレストランで大切な役割を果たしている。そこには、厨房の文化やチームの関係性が映し出されるからだ。今回はアジア各地のレストランを例に、その食卓を紹介する。

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メタ/Meta
ミシュランガイドシンガポール2026
二つ星

メタ/Meta」のまかないに、決まった一皿はない。そこに表れるのは、チームのアイデンティティそのものだ。厨房には韓国、シンガポール、マレーシア、イギリス、中国、ミャンマー、フィリピンなど、さまざまな国出身の料理人が集まっている。まかないの食卓には、それぞれが慣れ親しんできた料理や食べたいものが、日替わりで並ぶ。

メタ のまかないは、手の込んだ料理を披露する場ではない。しっかり食べて体を整え、互いの食文化を自然に分かち合う時間でもある。
1週間のまかないはスケジュールで決められており、1日に2〜3人の料理人が担当する。何を作るかは基本的に自由で、その日に食べたいものや作りたい料理を選ぶ。料理の内容は毎日変わるが、この時間の意味は変わらない。異なる文化や背景を持つ料理人たちが、同じ食卓を囲むことでチームの結びつきが生まれる。

メタでは、まかないが自然と学びや交流の場になっている。ある日は、料理人が子どもの頃に親しんだ料理を作り、またある日は、これまで試したことのない料理に挑戦する。

仕込みで出た端材や営業で残った食材も、まかないの一皿に生かされる。そうした食材をどう使うかを考えることも、厨房の仕事の一つになっている。

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まかないの時間になると、チームで食卓を囲み、言葉を交わしながら料理について率直に意見を伝え合う。サービスの緊張がほどけ、互いの距離が少し近づく時間でもある。

メタのまかない。チームの結びつきを育むひととき。(© Meta Restaurant)
メタのまかない。チームの結びつきを育むひととき。(© Meta Restaurant)
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メタのまかないは、シンガポールの食文化を映し出している。多様な背景を持つ料理人たちが食卓を囲み、食べることを楽しむ。同時に、人に食事をふるまうことで思いやりを示す韓国の感覚「情(チョン)」も息づいている。(左画像:© Meta Restaurant)。

キムシェフにとって、こうしたやり取りはチームを育てる機会でもある。料理について意見を交わし、うまくいかなかったときにはもう一度挑戦する。そうした積み重ねが、厨房の文化を形づくっていく。


セレラのスタッフが、まかない用にナシレマ(ココナッツミルクの炊きご飯に、卵・ピーナッツ・小魚などを添えるマレーシアの定番料理)を調理する様子。(© Celera)
セレラのスタッフが、まかない用にナシレマ(ココナッツミルクの炊きご飯に、卵・ピーナッツ・小魚などを添えるマレーシアの定番料理)を調理する様子。(© Celera)

セレラ/Celera
ミシュランガイド マニラ・セブ 202
一つ星

セレラ/Celera」のまかないに、よく登場するのがナシレマ。ココナッツの香りをまとったご飯に、サンバル(唐辛子ベースの辛味調味料)、卵、クリスピーなディリス(小魚の素揚げ)、ピーナッツなどを添えた料理。長く親しまれてきた定番の一皿で、リクエストの多い人気メニューだ。親しみのある味わいだけでなく、この料理には店の歩みも重なっている。料理人たちは、働く場所が変わっても、ナシレマだけは作り続けてきたという。営業が始まる前に、チームが自然と食卓を囲む一皿でもある。

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この店で初めてまかないを囲んだのは、まだ店が完成する前のこと。未完成のダイニングルームで、ナシレマを振る舞う小さなイベントを開いたのが始まりだった。少し慌ただしくも楽しい試みだったが、セレラの出発点を象徴する出来事になった。それ以来、ナシレマは店の原点を思い出させる料理として受け継がれている。

持ち回りで担当するまかないは、フィリピンの家庭料理をはじめ、日本料理、中国料理、地中海料理、タイ料理など内容はさまざま。担当する人によって、得意な料理や思い出の味が食卓に並ぶ。

まかないは、チームを気遣う時間でもある。スマートフォンを置き、火を止め、皆で同じ食卓を囲む。短い時間ではあるが、緊張がほどけ、厨房の空気が整う。ゲストがこの場面を見ることはないが、こうした時間がチームの結束を支えている。

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まかないでは、サンバルや出汁、漬物、スパイスペーストなどを試し、率直な意見を交わすことで、おまかせのコース料理に生かされることもある。また、その日のメニューに使われなかった、契約農家から届く季節の食材が、まかないの一皿になることも。

節目の日にもナシレマが登場する。まだ店が完成する前、未完成のダイニングルームで開いた最初のイベント。また、初めてミシュランの星となり、店に戻った日も、祝杯ではなくナシレマを囲んだ。セレラにとってこの料理は、店の原点を思い出させる一皿でもある(右画像:© Celera)


皆で食卓を囲む習慣は、シェフのエリック・チェンの祖父の代から受け継がれている。写真左端がチェン。 (© Golden Formosa)
皆で食卓を囲む習慣は、シェフのエリック・チェンの祖父の代から受け継がれている。写真左端がチェン。 (© Golden Formosa)

ゴールデン・フォルモサ/Golden Formosa
ミシュランガイド 台湾 2025
一つ星

一つ星「ゴールデン・フォルモサ/Golden Formosa」では、午後2時半ごろ最後のゲストが店を後にする。ランチ営業が落ち着くと、もうひとつの日課が始まる。まかないの時間だ。テーブルには料理3品とスープが並び、ディナーの仕込みが本格的に始まる前のひとときとなる。

この日は、四神湯(漢方食材と豚の内臓を煮込んだ台湾の滋養スープ)、アマランサス(緑や赤い葉を持つ葉物野菜で、東アジアでは炒め物などでよく食べられる)の炒め物に卵のそぼろとシラスを添えた一皿、キャベツと玉ねぎを合わせた鶏の唐揚げの甘酢炒め、そして海鮮お好み焼き。まずホールスタッフに用意され、その後、ディナーの仕込みが落ち着いた頃に、キッチンスタッフへ向けて作られる。

「お好み焼きには、その日に出た魚介の端材も入れます。イカの頭や、サワラのビーフンを作るときに余った魚などですね」。
「冬が近づくと、やはり体が温まる料理が食べたくなります」と話すのは三代目のシェフ、エリック・チェン
大皿で取り分ける家庭的な食事だが、決して簡素なものではない。四神湯には柔らかく煮込んだ豚の内臓がたっぷり入り、海鮮お好み焼きには角切りの魚やイカが贅沢に使われる。卵のそぼろも店内で手作りされ、半炒めの技法で油っぽさのない軽やかな仕上がりにする。油を控えながらも焦げないよう絶えず手を動かす必要があり、こうした細やかな技術が厨房の裏側で生きている。

まかないの献立はスタッフが持ち回りで考える。料理3品とスープが基本で、必ずタンパク質の料理を入れるのが決まり。鶏の唐揚げは特に人気だが、パスタやネギ鶏、サラダ、さつまいも団子などが並ぶこともある。

ある日のまかない。四神湯、アマランサスの炒め物(卵そぼろとシラス添え)、キャベツと玉ねぎを合わせた鶏の甘酢炒め、海鮮お好み焼きが並ぶ。(© Hsieh Ming-Ling)
ある日のまかない。四神湯、アマランサスの炒め物(卵そぼろとシラス添え)、キャベツと玉ねぎを合わせた鶏の甘酢炒め、海鮮お好み焼きが並ぶ。(© Hsieh Ming-Ling)

皆で食卓を囲む習慣は、チェンの祖父の代から続いてきたものだ。キッチンとホールを合わせて20人以上のチームになった今も、その形は変わらない。最初のまかないは午後2時半から3時ごろ、ランチ営業を終えた後にゆっくり食事をとる時間として設けられている。夜10時ごろには、煮込みご飯や麺など、より簡単な二度目の食事も用意される。

店が忙しくなり、仕事量が増えても、まかないを弁当に替えることは一度も考えたことがないとチェンは言う。若い料理人にとっては腕を磨く場でもあり、父のジョニー・チェンがふらりと立ち寄って味見をすることもある。チームの成長を静かに確かめる時間でもあるのだ。

「彼らにとって、これは一日の中でいちばん大事な食事です。適当に済ませたくはありません。しっかり食べなければ、体力も気力も続きませんから。皆がよく食べ、十分に休み、家族のようにくつろげる時間にしたいのです」。


ホンコン・キュイジーヌ/Hong Kong Cuisine
ミシュランガイド 香港・マカオ 2025
ミシュランセレクテッド

国料理の宴席で干しアワビは高級食材として知られるが、「ホンコン・キュイジーヌ1983」のまかないではむしろ日常的な存在。そのためスタッフは、むしろ身近な食材を、どのように料理するか工夫することに面白さを見いだしている。

毎日、ランチとディナーの合間になると、エグゼクティブシェフのサイラス・リーが若手スタッフに料理を教える時間が始まる。魚の蒸し物、鶏の煮込み、エビと卵の炒め物など、さまざまな技法を学べる料理を選び、実際に作らせる。料理が出来上がるとその場で味見をし、すぐにアドバイスをする。

例えば定番の蒸し肉餅は、リーにとって技術を伝える格好の題材だ。豚ひき肉を練るときには金華ハムの出汁を加え、ガチョウのレバーソーセージはローズワインに浸して香りを引き出す。こうした細かな工夫を若手に伝えていく。

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“サイラス・リーは「レストランを経営するうえで、まず大切なのはスタッフを大事にすること。ここには何十年も働いているスタッフもおり、離職率が低いのは、皆を大切にしているからだと思います」と語る。

店には20人以上のスタッフがいて、キッチンとホールのメンバーが丸テーブルを囲んで食事をする。料理は主に中国料理だが、ときにはパスタなど西洋料理を試すこともある。中国料理に西洋の要素を取り入れてきたこの店らしい食卓だ。

まかないの食材は冷蔵庫の残り物だけではなく、スタッフが食べたい食材を提案することもできる。新鮮な食材を、リーが市場で買って帰ることもある。そうして集まった食材をもとに、その場で料理を考える。料理人たちの発想力や勘が試される時間でもある。(左画像:© Hong Kong Cuisine)


セブンスドアの厨房で、バンチャン、ご飯、スープを盛りつけるスタッフ。(© The MICHELIN Guide )
セブンスドアの厨房で、バンチャン、ご飯、スープを盛りつけるスタッフ。(© The MICHELIN Guide )

セブンスドア/7th Door
ミシュランガイド ソウル・釜山 2025
一つ星

トックトック/Toc Toc
ミシュランガイド ソウル・釜山 2025
ミシュランセレクテッド

ビウム/Bium
ミシュランガイド ソウル・釜山 2025
ミシュランセレクテッド

ソウル・清潭洞のビルには、キム・デチュンシェフが手がける三つの店が入っている。一つ星の「セブンスドア」、そして「トックトック」と「ビウム」。この店でのまかないは、韓国の家庭の食卓に近い。

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午後3時ごろになると、昼営業を終えた厨房にひと息つく時間が訪れる。キムシェフ自身は、軍隊時代の習慣が残っているため、五分ほどでさっと食事を済ませることも多い。十数人のスタッフが、それぞれのタイミングで静かに食事を取る。料理は紛れもなく「チプパプ」(韓国語で「家のご飯」を意味する)と呼ばれる韓国家庭料理だ。
まかないの副菜は、キムシェフの母が用意する。約四十年にわたりバンチャン(韓国の家庭でご飯とともに並ぶ小皿の副菜)作りに携わってきた料理人で、現在は引退しているが、火曜・木曜・土曜の忙しい日に店を訪れる。

セブンスドアとトックトックのスタッフのために、家庭料理のバンチャンを作るキム・デチュンシェフの母。(© 7th Door)
セブンスドアとトックトックのスタッフのために、家庭料理のバンチャンを作るキム・デチュンシェフの母。(© 7th Door)

その考え方は、他の店にも共通している。ビウムは韓国の精進料理を着想にしたヴィーガンの店で、肉や魚は厨房に持ち込まない。スタッフはセブンスドアやトックトックで食事を取ることもできるが、多くは自分たちで植物料理を作る。ナムルといった野菜料理が中心だ。「半年ほどすると、スタッフの顔色が明るくなります。それは太ったからではなく、本当に体調がよくなったからです」とキムシェフは笑う。

また、セブンスドアで恒例としているのは、毎年五月にキムシェフが作るゴムタン(牛骨を長時間煮込んで作る韓国の白濁したスープ)。自身の誕生日の三日前から仕込み始めるという、スタッフが毎年楽しみにしている料理だ。
かつては誕生日を祝われるのが苦手だったキムシェフも、今では笑ってこう話す。
「若い頃、父にもっとちゃんと食べなさいと言われ続けていました。もうすぐ五十歳になりますが、ようやくその意味がわかった気がします」。その思いは、彼が営む店のあり方にも、そして厨房を支えるまかないにも表れている。



At Two-MICHELIN-starred Ryuzu, the Japanese saying to "eat from the same pot of rice" shapes their approach to family meal. © Ryuzu
At Two-MICHELIN-starred Ryuzu, the Japanese saying to "eat from the same pot of rice" shapes their approach to family meal. © Ryuzu

リューズ / Ryuzu
ミシュランガイド 東京2026
二つ星

二つ星の「リューズ / Ryuzu」では、まかないに“定番”はない。フランス料理店でありながら、食卓には和食、洋食、中華まで幅広い料理が並び、営業で出た端材を工夫して使い切る。キッチンスタッフが、ローテーションで担当するまかないには、それぞれが育ってきた環境や記憶に残る味が自然と表れ、個性が生まれている。週末前など忙しい日には、当日の負担を減らすためカレーを仕込むこともある。

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まかないは若手にとって、技術と段取りを身につける“料理人としての第一歩”でもある。オーナーシェフの飯塚隆太氏は「お客様からお金をいただく以前に、技術や段取りを覚える大切な学びの時間」と話す。新人が15〜16人分の食事を任されることも珍しくない。最初からうまく作れる者はほとんどいないが、経験を積むことで腕は上がっていく。うまくいかなかった日は、先輩の指導を振り返る機会にもなる。教える側と教わる側の関係は、まかないを通して毎年引き継がれていく。(右画像:Ryuzu)

体力を要する現場だからこそ、しっかり栄養を取り健康を保つことも大切だ。まかないは、スタッフが同じ食卓を囲む時間でもある。
飯塚氏は「まかないは“料理の原点”であり、“チームをつなぐ食卓”です」と語る。「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、同じ食事と時間を共有することで仲間意識が育まれ、厨房の空気も整っていく。一人暮らしのスタッフが多いこともあり、規則正しく滋養をとる“生活の支え”としての役割も果たしている。

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休日前には、残った食材を使って“試食まかない”を行うこともある。ゲストへ提供している料理をスタッフ全員で味わい、品質の向上やワインペアリングについて議論する時間だ。学びと楽しさ、責任が交わるこうした習慣が、リューズのチームを支えてきた。(左画像:© Ryuzu)

店名の「リューズ」は、飯塚氏が時計の“リューズ(クラウン)”に由来して名付けた。季節の移ろいや食材が育つ時間の流れに敬意を払い、その瞬間を丁寧に料理へと結晶させたいという思いが込められている。その“時間を大切にする姿勢”は、まかないの場で育まれるスタッフの成長や仲間意識にも通じている。飯塚氏は「料理とは愛情」と語る。その思いは、まかないの食卓にも確かに息づいている。


Written by Mikka Wee in Singapore and Manila, Hsieh Ming-Ling in Taiwan, Hei Kiu Au in Hong Kong, Lee Hyo-won in Seoul and Suma Wakui in Tokyo; introduction and edits by Ethan Lau.

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